tacassi noob!

河村悟という詩人の本に突き当たって調べていた。近場に適当な所蔵がなくて探索を中止。まあ、そもそも流通での取り扱いがレアな幻の本のようなところがある。『純粋思考物体』。

そもそもは「純粋思考」という言葉について調べた。どうしてかというと、こうやってくだらない文章を書くこと自体が、思考を汚染し始めているんじゃないか、と思ったから。本当のピュアな思考は、虚空を睨んで、視覚野は物理現実を見ていない状態なんじゃないか、て。物理現実を純粋に感得なんてできないことはわかっているつもりでも、物理現実の現象に心を乱されるのはあり得ることで、それでわざわざこんな書き方をするわけだけど。

「純粋思惟」というのはカント先生の言葉らしくて、結局はアプリオリ系の錯覚みたい。知らんけど。大脳生理学で説明がついちゃいそう。現象と理論とで因果関係が整理されて、カント先生の言説に何枚かのタグが貼り付けられたらお蔵入りされちゃうんだろう。かつての「人類の叡智だったもの」として。

余白のあるメモ紙とボールペンを前にしてあれこれ思考を彷徨わせる、もしくは漂わせる、それが純粋思考かな、とか。文章化した時点である種の硬化のようなものが始まっていて、当然ながらそこには瑞々しさを失うという汚染が混入し始めている。目の前を過ぎた時間が瞬間で過去に凍りつくように。

過去は汚染されているのか。だから、ヒーローは現在というこの瞬間だけを生きるのか。民草は目の前のことにこだわっているように見えて、実は常に過去を懐かしがっているだけなんじゃないかな。目の前のことに手一杯になれるのは、ヒーローの特権であり悲劇なんだろう。

民草は過去にこだわり未来を不安する。

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メモを繰りながら考え事をするのは純粋思考に近いだろうか。凍結した過去を解凍して考えを巡らせる。まるでオルガニートのパンチカードを読み取ることで、音が奏でられるように。音楽というのは過去の解凍作業かもしれない。歌われる瞬間こそが現在だから、歌うことは擬似的にヒーローを体験することなのだろう。だからカラオケが好まれる。それは汚染というよりも、繰り返し取り出されて再解凍され熟成が進むようなものかもしれない。
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